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おうちをホスピスにする

朝ドラ「つばさ」をほぼ毎日見ているのですが、今週のエピソードが「チャレンジ」というテーマ。(なんか「チェンジ」の次は「チャレンジ」が流行りそう)

つきつめて考えれば毎日がチャレンジなのだけれども、私も何か宣言して、チャレンジしたくなってしまいました

と、いうわけで この秋のチャレンジは「自宅をホスピスにする」ということです

ホスピスというと、「癌患者の終末ケア施設」というイメージが強いのですが、もともとの語源はちょっと違います。

<ホスピスの由来> ホスピスとは、元々は中世ヨーロッパで、旅の巡礼者を宿泊させた小さな教会のことを指した。そうした旅人が、病や健康上の不調で旅立つことが出来なければ、そのままそこに置いて、ケアや看病をしたことから、看護収容施設全般をホスピスと呼ぶようになった。
教会で看護にあたる聖職者の無私の献身と歓待をホスピタリティ (hospitality) と呼び、そこから今日の病院を指すホスピタル (hospital) の語がでた。歴史的には、ホスピタルもホスピス同様に、病院だけでなく、孤児院、老人ホーム、行き倒れの収容施設なども指した。
                     ウィキペディアより

今のホスピスという言葉は死に結びつくイメージが強いような気がします。だから、語源の意味をしっかり覚えておきたいなと思います。

まずは今、病院で療養している母にとってのホスピスです

8年前、ALSの父を看取ったとき、ある意味自宅がホスピスとなったわけです。母にとって残された時間がどのくらいかはわかりませんが、間に合うなら自宅に帰して、一緒に過ごしたいと思っています。

こんな風に考えてしまうのは、やはり医療施設での限界をこれまで見てきてしまっているからなんですね。今お世話になっているところも、ひとりひとりのスタッフの方はとてもよい方なのですが、まだシステムがちゃんとなっていないのです。ですから、そのことが患者の生活のクオリティの低さにあらわれてしまいます。
傲慢に聞こえるかもしれませんが、まだ自宅の方が母にとってより良い生活(医療も含めて総合的に)ができると判断しました

あとは間に合うか、それにかかってます

それと、大事なのは私自身がその過程を楽しむことです終末ケアに「楽しむ」なんて言葉は不似合いだと思われるかもしれませんが、その瞬間を楽しく感じていないといい仕事はできません。(少なくとも私の場合は)

と、いうわけでいかに自宅をホスピスに進化させていくか、この日記につづりながら、楽しんでいきたいと思ってます

なんかわくわくが出てきました。いい兆候ですね

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