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おうちホスピス計画

9月11日は父の命日でした。2001年に亡くなったので8年前、ニューヨークのテロが起こった日の午前中でした。肺炎からの多臓器不全でした。

父は1992年ごろから体調を崩し、いろんな医者をまわってようやく1993年の3月にALSの診断がくだりました。それから自力での呼吸ができなくなって入院したのが1994年1月末、そして気管切開して人工呼吸器着用となりました。1996年5月に付き添いもいないときに呼吸器がはずれるという事故があり、低酸素脳症になりました。

2000年夏に、多くの方の協力をいただき、自宅療養へと移りました。

父方の親戚からの理解は得られませんでした。叔父(父の弟)が月に1度くらい寄ってはくれましたが、「(父にとって)かわいそうなことをしている」となじられるような言葉を残して帰ることもありました。その叔父の指示かもしれませんが、他の親戚は全くといって寄りつきません。気の優しい従兄夫婦が一度お見舞いに来てくれたのは、本当にありがたかったです。

父の体調が悪化した8月、叔父にその旨は伝えました。しかし状況は変わらず。そのときには私も気持ちを切り替えて、医療・介護に関わってくださる方々と家族で父にあたたかい空間を提供できればよい、と思うようになっていました。

そして9月10日になり、いよいよ状況が厳しくなったとき、叔父に連絡をしました。父は一晩がんばりました。そして翌11日の午前10時半に心臓が停止しました。

そのすぐ後に父の義兄が訪れました。なんでも叔父からの連絡で、父の死後の段取りを相談するから来るようにと言われたそうです。あぜんとしました。それから熊本のおばが到着し、最後に叔父がきました。


死の迎え方は人それぞれです。
もし可能なら、暖かい心に囲まれた中であの世に送りだしてあげたいです。

父の場合は、家族で最期の世話ができたことが一番でした。まわりがどう見ていたかはわかりませんが、実際その空間がどうだったかを知っているのはそこにいた人たちだけです。寝た切りの父のまわりはいつも平和で穏やかな空気が流れていました。看護師さん、ヘルパーさんの笑顔が絶えませんでした。当時小学2年の娘は一度も会話をしたことがないおじいちゃんが大好きで、ときどきベッドにもぐりこんだりしてました。それでよかったと思ってます。

死後、親戚がやってきてからのごたごたは、まだまだ自分の中で許せてないなぁ、と思い出しながらも、これからは母のためというより、自分のために、家族だけでなく訪れたみんながハッピーになれるような空間ができるようにと願ってます。

自分の中をしっかりクリーニングして、おうちホスピス実現に向けて、いっぱいインスピレーションを受け取りましょう。
そう素直に思った911の夜でした。

ありがとう
ごめんなさい
ゆるしてください
あいしてます

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